文化ということ
文化という言葉がある。Wikipediaで「文化」を調べるとめまいのするような長い記述がある。言葉としての定義や、その語源について詳しく説明されているが、言葉の定義や語源よりも、この言葉を使うことの意味を考えてみたい。
Wikipediaによれば、文化は個人によって成されるものではなく、社会が集団として、自然本来の在り方とは違う、人間固有の習慣や価値を集団的に共有すること、そうなって初めて文化と呼べるのだそうだ。
ヨーロッパにおいて、文化という言葉の語源はラテン語のColereで、耕すという意味だそうだ。原初の農耕を始めた人類はその当時、自分たちが自然本来の命の在り方を超越した集団と考えたかどうかは知る由もないが、少なくとも農耕という生活手段が人類の繁栄に大きく寄与していると人々が自覚するためには、数千年の時間が必要だったろうと思う。農耕は結果的に種の繁栄にとって計り知れない原動力となったのは我々の知るところだが、化石燃料を使わない時代では、農耕に必要な種子の収穫と優良株の選別は毎年毎年、欠かさずに繰り返されたと考えられる。初期の栽培植物の種子は、現代のそれよりは長持ちしただろうが、きっと収穫量は桁違いに少なかったはずである。収穫という、一年に一度しか与えられないチャンスの中で、翌年の収穫を安定させ、あるいは収穫高を上げるべく、丹念に優良株を選別していたに違いない。
数千年の間には、予知できない天災で飢饉に見舞われること数多であったろうが、そのことがより優良な株の選別に貢献もしたはずである。具体的に想像するのは難しいかも知れないが、例えば日本人の農耕ひとつとっても、我々が食卓で戴くお米の祖先は、厳密に言えば数千年という時間を遡ることが出来る成果そのものなのだ。毎年毎年誰かの手で種籾が収穫され、翌年まで大切に保管され、恐らくは神に祈りながら然るべき季節に播種され、苗を起こし、田に植え替え、野生動物からの被害を防ぎつつ収穫まで漕ぎ着ける、という一連の流れを、途切れることなく数千回繰り返えされたのが今の日本のお米である。一年に一度しか訪れないチャンスを如何にして無為にせず、確実に収穫をこなし、共同体の食料を確保してきたのか、という事実そのものが野生動物と人間とを区別できる証拠、つまりは文化ということなのだ。
文化という言葉には個人が単独で有するものではなく、社会で共有されてきたもの、という定義があるので、一個人がその人の人生の中で培ったものは文化とは呼べないが、たとえたった一人の個人であっても、経験を重ねて自分自身を耕すことは可能だ。それが熟練であり洗練であろう。
いわゆる芸術家と呼ばれる人たちがそれぞれの人生で育んだものもきっとそれにあたる。
人類が農耕を始めた当初、その営みがあらゆる生物の成し得なかった優位性を保ったまま、規模を異常なまでに拡大しこの地上を席捲することになるとは予想だにしていなかったはずだ。
現代社会は経済発展と環境破壊のせめぎ合いの中で、ゆっくりと、しかし確実に一つの方向に舵が向けれらたまま、流れに身を預けている。根本をたどればそれは人類による農耕の発明と言えなくもないが、それよりもむしろ、人類の本性に内在する、個人の洗練や熟練に対する強い要求にその根源を見出せるのではないだろうか。
洗練への憧憬は、生命そのものの営みに必ず要求される素養とはどうも思えない。生命活動に必要と云うよりはもうちょっと異質なもの、カモメのジョナサンが追い求めたある種の逸脱ではないのか、という疑いを僕は否定できない。
僕自身は、多くの芸術の根幹が、ジョナサンが抱えていた憧憬と瓜二つな愁いを拠り所としているように実は感じている。
人類の数万年に渡る長い歴史を的確に振り返ることなど僕ごときに出来るわけは無いのだが、それでも人類の歴史、とりわけ人間社会の文化が、大雑把に俯瞰するならば一つの方向に舵を向けられたまま眼をつむって邁進してきたように思えてしまう。文化というそもそもが戦略的に合目的的に培われるものではないということを想像させる、という意味だ。
人類社会の制御しづらさは、実際のところ、ジョナサンが抱えた抗えない自己そのもののように見えなくもないし、そうなると文化は外圧的に制御することの能わない極めて内攻的なものではなかろうか、とついつい想像してしまう。人類の未来を諦観するつもりはないが、とにかく思うようにならないところを見ると、より大きなものからの外圧なしには、結局舵を変えられない気がしてしまう。